お顔のない花
                〜 砂漠の王と氷の后より
 


       



春も間近いことを偲ばせる、
随分と遅くなって来た夕暮れに、
ついのこととて見とれてしまったのは、
後宮と本宮の狭間に設けられた庭園を越えて、
本宮へと連なる石作りの回廊へと達した辺り。

  そこで出会ったのが、一人の女官で。

後宮では、原則として妃らのみが素顔をベールで隠している。
侍女や女官らは、その素性を明らかにする意味合いから、
たとえ既婚者であれ素顔を晒すのが基本であり、
そうすることを徹底しておれば、
万が一、
間者が紛れ込んだ場合に誤魔化しようがないからだ。

  だというに

本宮と後宮との狭間という、
微妙な位置にて遭遇したその女官、
素顔をさらしていたにもかかわらず、
キュウゾウが連れていた侍女にも見覚えはなかったという話。
それにしては、
後宮を闊歩している、妃らの愛猫にたいそう懐かれていて。
人が何かしら言い逃れをするよりも、
よほどに確かな身の証しであり、
本人が言うには、第二王妃の傍仕え、
佑筆という役職にある女官だとのことで。
手紙の代筆や様々な記録の管理を担当する、
つまりは“書記官”のようなもの。

 “第二王妃、か。”

この国のこの王宮で“妃”と言えば、
自分と同様、
覇王に娶られ後宮に住まう夫人のことであり。
現王カンベエには、都合三人の正妻たちがいる。
第一夫人のシチロージとは、随分と懇意にしてもいるものの、
第二の妃については、そういえばあまりよく知らない。
一番最初の披露目の儀や、
それ以降にも宴や何やで同座をして来たはずなのに。
思えば、いつだって目の詰んだベールを深々とかぶっていて、
お顔とお顔を間近に合わせることも稀なら、
お声を聞いた覚えも………

  “…………ない?”

それは嫋やかな女性らしさを馥郁とまとうておりながら、
貫禄…という堅苦しい重さではなくの、
威風堂々とした凛々しさも兼ね揃えた、
第一夫人の手際のよさにばかり目が行っていたからか。
第二妃についての印象は恐ろしいほど薄く、
ほとんど記憶に残っていないことに、
今更ながら気がついたキュウゾウであり。

  「  ……う。キュウゾウ?」

不意に、何者かから呼び覚まされた気がして。
え?、と、反射でお顔を上げたのと、
誰かの気配が、
するりと…両腕や懐ろの内という
“間合い”へ入り込んでの、
あっと言う間に唇奪われたのがほぼ同時。
仄かな煙草の匂いと、甘くて苦いは酒精の後味か。

 「…っ!」
 「………っと。」

薄い唇に半ば強引にねじ込まれて来た肉芽へと、
ハッとし、覚醒したのと同時、
抵抗せねばと とりあえず歯を立てかかれば。
やっとのこと剥がれた相手が、

 「いかがした。心ここに在らずであったようだが。」
 「〜〜〜〜っ。///////」

そちらから悪戯を仕掛けて来たくせに、
何ともしれっとした言いようで、
いかにも案じておりますという、
そんな文言を連ねたカンベエだったものだから。
利かん気な第三妃が、何を勝手なとムカッと来たのも無理はなかったが。
精悍なお顔を仄かに陰らせ、
ちょっぴり小首を傾げた彼からあらためて覗き込まれると、

 「う"…。////////」

何をするかと咬みつかんばかりに詰め寄りかかっていたはずが、
気勢を削がれてしまい、うっと鼻白む始末。
確かに隙だらけだったのは事実で、
この男を相手に、かつてほどには警戒も緊迫もしてはないということか。
まま、それは今更な話でもあるので ともかくとして。
そんな放心から一転、
揶揄への抵抗程度に身構えていた肩から力を抜くと、

 「…見慣れぬ女官がいたのだ。」

観念したかのように、
何に気をとられていたのかを、ぽつりと呟いたキュウゾウだ。
一応は“警護に”付いて来ていた侍女もまた、
後宮でも、本宮からの伝令の女官にも、見た覚えがない顔だと言っており。
ただ、

 「第二妃の侍女だと言うておった。」

引っ込み思案な第二夫人。
シチロージとさして年齢は離れてはおらず、
こちらへ輿入れしたのも数年前と聞くが、
そういえばそれ以上の詳細は全く知らない…と。
そこまで浚ったところで
我に返った…もとえ、引き戻されたのであり。
間近になった男の懐ろからの、
至近なればこそ伝わる仄かな温み、今になって気がついて。
小さな白い手、そおと伸ばせば。
すぐにも届くトーヴ越し、
堅い胸元に盛りついた筋骨が、
こちらの手のひら押し返してくるの、
ありありと判る頼もしさよ。

 「……。」

ちょこり腰掛けていたのは寝台の縁。
少しほど更夜間近い刻限を迎えつつある、此処は王の閨であり。
砂の大地の、それも真冬であれ、
広い領地のどこかでは、何かしらの果実や花が旬を迎えるらしく。
それが運ばれ、王の手元の卓を毎日飾っており。
ザクロにいちじく、リンゴにオリーブ。
この時期だというに、淡い緑の葡萄も見受けられ。
鉢に飾られた房から玉子形の粒を一つ、武骨な指先が摘まみ取ると、
こちらの小さな口許へと運んでくれて、

 「お主はまったくの下戸のようだが。」

知っておるか? ビーノはこれを酵じて作るのだぞと、
もっとずっと幼い和子が相手のような、
他愛ない話をする、カンベエもカンベエならば。
実は知らなかったらしく、
その口許を指先で押さえながら小首を傾げ、
紅の双眸を瞠目させる、
キュウゾウもキュウゾウだったりし。
甘酸い果実からあふれた蜜に、
口許の緋色を微かに濡らした幼い妃へ、

 「そうまで心奪われておるとはの。」
 「??」

  たとい女官が相手であれ、
  儂の傍らにおりながら、
  心のみでも遠くへ飛ばすとは言語道断と。
  低められたお声が囁いた、
  その言いようの意味へ
  辿り着く猶予さえ与えられないままに。

 「…っ。」

顔の前へとかざされていた小さな手を掴み取り、
薄い背中へと回した腕へ落とし込むよに、
上背をやや強引に倒すことで、
相手を寝台の上へと押し込んでしまうカンベエなのへ。
小さな肩をば、ぐいと押され、
あっと思ったときにはもう遅く。
その身を寝間の真ん中へ、
屈強な肢体にて縫い留められている手際の良さよ。
ベールもケープもとうに外していたキュウゾウだったので、
白いお顔を縁取っていた金の綿毛が、
そのまま四方へ散ったその上へ、
覆いかぶさってきたカンベエの濃色の髪が、
雄々しき肩からすべり落ちて来ての重なり合う。

 「………っ。」

いくら覇王の為したことはいえ、
非力な妃には一番の屈辱、
同意を得ぬままの力づくという無体をされたのだ。
先程と同じく勘気だってもいい筈が、

 「………。////////」

武骨な指が愛おしげに頬を撫で、
やがては指先が口許へと触れるのが、
どうしてだろか もどかしい。
そんな間中のずっと、
深色の眼差しがじっとじっと見つめてくれていて、
なのに なかなか抱きしめてはくれぬのが、
どうしてだろうか、じりじりとする。
目許を笑うときとは逆にたわめ、ねえとせがむように見据えて。
それでもくつくつと、低く微笑うばかりの覇王様なのへ、
こちらからも手を延べて。
頬骨のやや立った男臭いお顔をすりすり撫でれば、

 「……うむ。」

やっとのこと、喰ろうて下さる意地悪な御主。
頼もしい腕の中へ、ゆったりと掻い込んだ、
すべらかな喉元へお顔を伏せて、
甘い接吻 肌へと降らす頃合いにはもう。
ここへ来る途中に遭遇した出来事なぞ、
欠片ほどにも思い出せなくなっていた烈火の姫であり。

 「あ…っ、ん…、ひぁ…っ、あっ。////////」

ちりとした痛みに きゅうと胸が詰まったその次には、
四肢へ広がり、その先へと放たれる、甘痛い熱がたまらぬと。
回し切れないその背へと、それでも懸命に腕回し、
どこへもやるなとすがりつく愛らしさよ。
どんなに暴れようが、何の痛さにも届かぬ非力な細腕、
それでも爪が傷まぬかと、
よしよしと、堪忍しておくれと宥めるようにし。
寝乱れた敷布の上、
掻き乱された波間へ溺れゆく痩躯を抱きしめてやり。
若き新妻のささやかな疑問を、
そう簡単には思い出せぬようにと蹴散らすついで、
しなやかな肢体をすみずみまでも、
堪能しもした、ちゃっかり者な覇王様だったところも、
相変わらずなおタヌキぶりだったそうな。






BACK /NEXT


  *そんな〆めが あるかい。(苦笑)
   何だかグダグダになって来ましたが、
   肝心な第二妃の話から遠ざかってしまったのでは何にもならず。
   ですので、もうちょこっと続きますね。

  *そうそう、
   砂幻様のサイト “
蜻蛉” サマで、
   今話の姉妹編を掲載なさっておいでですvv
   救済帳のコーナーへ、どかお運びをvv


戻る